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デッスンの個人日記

デッスンの個人日記

第十一章 動き去る流れ

動き去る流れ
 アデン城執務室。
 正午の日の光を取り入れるこの部屋に、一人の男が書類を見ていた。
 城の主アビス・イビルゲート。
 彼は椅子に腰を下ろし、書類に目を通している。
 ゆっくりとした動きで視線が書類の一番下まで達すると顔を上げた。
 向かい側の壁には時計が掛けられており、時刻は丁度一二時を示している。
 耳をすませると、街全体に広がる教会の鐘の音が聞こえる。
 少しの間その鐘の音に耳を傾けていると、
「ディル様率いる連合軍が出発した頃だと判断いたします」
 右の方へ顔を向けると、そこにはエプロンドレスとも呼ばれる青色の服に白いエプロンを付けた侍女が映る。
 彼女はこちらが視界に入れると同時に頭を下げ、まるでロボットのようなきっちりとした動きで完璧なお辞儀をする。
 ゆっくりとした動きで顔を上げ、澄んだ瞳でこちらを見る。
 アビスは侍女の顔から胸元に移すとそこには『ジャスミン』と書かれた名札があり、その上には『総務担当』のプレートがある。
 アデン城の一つの名物ともなっているのが、この侍女隊とも言える。
 総勢人数は一〇〇名を軽く超え、みなに花の名前が付けられている。
 ……百花繚乱とは言った物だな。
 アビスはジャスミンから視線を外し、手に持つ書類に目を通すと、控えめに再度侍女が言葉を作った。
「お見送りに行かなくても宜しかったのでしょうか?」
 ジャスミンの疑問にアビスは鼻で笑い返し、羽ペンで書類に合意のサインをしながら、
「必ず帰ってくる奴になんか見送りは不要だ」
 自分の名を書き終え、羽ペンを戻しながら顔を上げ、
「そう思わんか?」
 問いかける先は隣に立つジャスミンではない。
 この執務室には現在、三人居る。
 一人はアビス、もう一人は隣に立つジャスミン、そして残る一人は、ソファーに座った女性フローラだ。
 彼女は不貞腐れたようにソファーに深く腰掛けている。
「べ、別に」
 言って、テーブルの上に置かれたジュースの入ったコップを手に取りストローを咥えた。
 しかし、すでに中身は空であるため、空気が音を立てて吸われていく。
 アビスの隣に立つジャスミンが静かに歩き、フローラのコップにジュースを足してゆく。
 足されたことに礼を言わずに、再度ストロー噛むようにを咥え吸う。
「まったく、素直ではないのだな」
「アビスには関係ないでしょ!」
 瞬という速さで、ジュースを飲み干したフローラは、ガラス製のコップを勢い良くテーブルに叩きつけた。
 置いた音と言うよりも、打撃音に近い音が響く。
 ……今のはガラスの耐久制度を遥かに超えていた。罅割れ一つ付いていないのは奇跡に近いな。
 例え、割れたところで千アデナもしない安物のガラスコップだ。ジャスミンには苦労を掛けるが、彼女ならなんら問題は無いだろう。
 それはともかく、声を掛けるたびに不貞腐れ、機嫌を損ねてしまう。
 ……子供以下だな。
 そう思いながら、次の書類に目を通しながら、
「お前の考えていることは分かる。どうせこの見送りが最後の別れにしたくないのだろ」
「べ、別にそんなんじゃないわ!」
 怒るようにこちらに視線を向けてきたフローラは、怒りから困りに変わり、最後に悩みへ変わると突如立ち上がり、
「帰る!」
 っと一言放つと大股で部屋を出て行こうとする。
 それを予想していたのか、ジャスミンはすでに扉の前に移動しており、大きな扉を開けていた。
 足音を響かせながら出て行くフローラにジャスミンが小声で何かを言っているが、聞き取ることは出来ない。
 恐らくフローラが帰るから他の者に知らせているのだと推測する。
 フローラが退出するとジャスミンは静かに扉を閉めるが、まだフローラの足音は聞こえてくる。
 まるで、その足音を邪魔せぬかのようにジャスミンは無音で足を動かし、先ほどと同じ位置へ来ると、
「フローラ様はどのような理由でここへお出でなさったのでしょうか?」
 アビスは次の書類を手に取りながら、
「一人で居ると不安なのだろ。あいつは昔からちっとも変わらない」
 フローラは、寂しい時や悲しい時、困った時などは必ずやってきて一人で話して帰ってゆく。
 アビスは特に対した提案などはしないが、聞くだけ聞いている。
 別にアビスが頼れるとか、好きなどの特別な感情があるわけではない。ただ、
 ……ディルに見せたくないだけだろ。
 それだけの理由で遠路はるばるやって来て愚痴って帰る。
 そろそろ大人になって欲しい物だと考えるが、昔のままというのも悪い気はしない。
「さてと」
 読み終えた書類たちを片付け、
「我々も地上で遊んでいる訳にも行かないからな」
 椅子から腰を上げ、扉へと進んで行く。
 ジャスミンは静かだが、迅速な動きで書類の束を持ち上げ、こちらの行く手の扉を片手で開けた。
 この扉は厚めに作られ重いはずなのに、女性が片手でしかもあまり力みもせずに開けている。
 彼女曰く、「侍女たる者、これぐらい出来なければいけません」だそうだ。
 今更驚くことではないので忘れようと廊下に出る。
 無に近い足音でジャスミンは一歩分後ろを着いて歩きながら、
「アビス様。お食事になさいますか?」
 今の時間は一二時だ。お昼時でもあり、お腹は空腹を訴えようとしている。
 今日の昼食は何だろう、と考えていると、
「それともお風呂になさいますか?」
 少しこけた。
 突っ込みを入れるため振り返ると、彼女は無表情のまま更に告げた。
「それとも、わたくしになさいますか?」
 振り返るために回した足を大きく踏み外し、柱に側頭部を強打した。
 鈍い音が辺りに鳴り響き、アビスの目の前には昼にも関わらず星たちが瞬いた。
 一瞬で星たちを振り払い落とし、
「そんな言葉を何処で覚えた!?」
 ぶつけた部分を摩りながら叫ぶと、彼女は相変わらず無表情のまま、はい、と答えた。
「仕事を終えた殿方に、この言葉を掛けると元気一〇〇倍になると聞きました。ちなみに覚えた場所は城の玄関ホールで、教えて頂きましたのはシルバディスケイス様です」
 シルバディスケイスというのは、アビスの友人の名前だ。
 あいつの顔を思い出しながら、彼は深いため息吐きながら頭痛を押さえ、
「あんな野郎の言葉を真に受けるな」
「御意。これからは無視することに徹します」
「ああ、それが健全な判断だ」
 再び歩き出す。
 廊下の窓は、南の空に浮かぶ太陽からいっぱいの光を受け入れている。
 アビスは足を止め、視線を南のほうへ向ける。
 見えるのはアデン城を守る城壁だが、その先にはアデンの大通りがあり、鏡の森があり、水の都ハイネと抜け……、とりあえずアデンからずっと南へ向かえばディルたちが集合しているウィンダウッド城がある。
 その距離はざっと見でも三千セルは離れており、聞こえることは絶対に無いのだが、アビスは小声でこう呟いた。
「生きて帰って来いよ」
 と。



 式を終え、各部隊は出発の準備に勤しんでいる。
 ここで簡単に出撃の手順を説明しよう。
 地下侵攻路の道幅は狭く、しかもあちらこちら入り組んでいるために、全員で移動をすると、横道から強襲を受けられた時部隊を分断される恐れがあり、トラップも仕掛けられている恐れも十分にある。
 ただ分断されるならいいが、もしも分断された位置が食料などの物資が狙われた場合、大打撃を受けることとなると予想される。
 その為、各階層に数部隊を突撃させ、敵の掃討や、道の確保を優先させる。
 まず、一階部分を掃討するのは、サクラが率いる第四部隊をはじめ、四の倍数の部隊たちだ。
 そして、今サクラたちが出発を開始しようとしている所へ、夫のシグザが近づき激励している。
 しかし、その三秒後の彼は地面に頭を突き刺し、逆さまにしかも直立で生えることとなった。
 いつものことだ。
 皆はそう思い、己の武器の整備に余念が無い。
 エアリアも自分の装備を整えていた。
 より動きやすく、より迅速に動けるように装備の位置を微妙にずらしては軽く動いてみたりする。
 しかし、中々しっくりと来ない。
 何故だろう、と考えれば、一番しっくり来ないのはお尻の部分だった。
 大きさや形は自分でも自慢できるほどのものなのに、なぜこんな時に足を引っ張るのだろうか。
 腰を捻り、後ろを見た。
 特に異常の無い己のお尻から、少し離れた部分に男が座っていた。
 赤髪に、長いマントを風に靡かせながら座っているのは、この連盟の頭であるディル・イビルゲートだ。
 ディルは腕を組み背筋を伸ばし地面の上で胡座をかき、考え事をしているようだ。
 視線は真っ直ぐで、視線の先にはこちらを捕らえている。
 ……何を考えているか分からないけど、あんなに真剣な顔をしてるんだから、前でうろちょろされたら迷惑よね。
 そう思い、エアリアは左へ移動。
 この位置ならディルの視界に入らないはず、と振り返った。
 しかし、ディルは先ほどとまったく変わっておらず、視線を真っ直ぐにしたまま腕を組み、背筋を伸ばし地面の上で胡座をかき、考え事をしているようだ。
 あれ、と思いまた移動する。
 が、後ろを振り返れば彼が居る。
 視線を真っ直ぐに、こちらを見ている。
 いや、より正確にはこちらの腰辺りを見ている。
 まさかと思い、試しにお尻を軽く振ってみた。
 すると、彼は目を動かすのではなく、こちらの動きに合わせるように首を振り、視線は真っ直ぐにしたままこちらの尻を捉えている。
「…………」
 確かに、己のお尻は自慢できるのほどの物を有している。しかし、そこまでじっと見られると恥ずかしい。
 前へ視線を戻しどうするべきか考える。
 逃げたとしても彼は追ってくるだろう。
 立ち上がって追ってくるのか、あの格好のまま追ってくるのか気になるが、もしも後者だった場合、新たな都市伝説の誕生だ。
 ……それだけは絶対に避けたい。
 では、隠したらどうだろう。
 それなら盾などが好都合。
 しかし、生憎盾は持ち合わせていない。
 近くにないかと見てみるが、在るものは右側に地面に突き立てられたグレートソードぐらいしかない。
 こんな物で隠すなら、手で隠した方が早い。
 そう思いながら、再度後ろを見た。
 ディルは相変わらず、腕を組み、胡座をかいてこちらを見ている。
 だが、先ほどと何かが違う。
 それは彼との距離だ。
 先ほどは三メートルぐらい離れていたはずなのに、今では手を伸ばせば届く距離に居る。もちろん彼の視線は真っ直ぐにこちらに尻を見ている。
 いったい、いつ、どうやってこんなに近づいて来たのか知りたいが、今は好奇心よりも、近い距離でじっと見られている為恥ずかしい。
 己の小さな手では隠し切ることは出来ないが、やらないよりはマシだ。手を伸ばそうとした矢先、己の手が触れるよりも先に何かがお尻に触れた。
「きゃっ!?」
 お尻を意識していたため、突然の事に反応が大きく、短い奇声を上げてしまった。
 ビクンッと身体を震わせながら、何がお尻に触れたのか確認した。
 触れた物、それはディルの手だ。
 彼は真剣な眼差しのまま、両手の平を大きく広げ、こちらのお尻をガッチリとホールド。
 しかも、それだけに止まらず、指で何かを確かめるように動かす。
 突然すぎる出来事にエアリアは奇声を上げるのではなく、行動で示した。
 お尻へと動かしていた手を戻し、そのままの動きで右側に立つグレートソードの柄を掴んだ。
 グレートソードの特性は、切れ味よりも剣その物の重さにより与えるダメージを上乗せする武器だ。
 重量は裕に三十キロを超えるため、女性が使いこなすにはかなり難しい武器だ。
 しかし、エアリアは才能でカバーした。
 このような重量級の武器を扱う場合、武器の重みを気にしてはならない。
 考えるべき所は、武器の重心だ。
 斧やハンマーのように重心が片寄った武器は、柄を短く持つことで小回りが効く様になり防御にもなる。
 しかし、巨剣の場合は柄の部分が短い。
 それならどうすればいいか。
 エアリアはグレートソードを持ち上げるのではなく引き寄せる。
 腰を落とし引き寄せた巨剣を、流れる動作で振り回せば力になる。
 グレートソードは遠心力で力を増し、後ろに座っているディルの側頭部を殴りつけた。
 重い打撃音と感触と共に彼は、ぐおっ、や、がはっ、では無く、ふっ、という変な声を吐きながら吹き飛び、大地の上を二転、三転と転がり止まった。
 遠心力で振られるグレートソードを無理やり制御して肩に担ぐようにして静止。
 足腰を曲げるとそこに負担が生まれるため伸ばせば、グレートソードの重みを軽減できる。
 グレートソードを見れば、鞘に収められたその側面には赤い何かが付いているが、タオルでサッとふき取り、証拠隠滅を施した。その後で大地に転がったディルへ視線を向ける。
 大の字で倒れている彼は、三秒ぐらいで目を見開くと同時に身体を起こし、叫んだ。
「何だ今の衝撃は! ラスタバドの襲撃か!? 敵は何処だ! 兵力はいくらか! 二番隊、三番隊で陣を組、迎撃しろ!」
 立ち上がり、敵を探すが、当然見つからない。
 首を勢い良く振りながら敵を探していると、ディルはこちらを見つけた。
「エアリア! 敵は何処でおじゃるか!?」
 どうやら打ち所が悪かったらしく、語尾チェンジスイッチが入ってしまったようだ。
 もう一度殴ればオフになるかな、と思いながらエアリアは冷静に伝える。
「とりあえず落ち着いてくださいディルさん。敵は居ません」
「では、先ほどの衝撃は何だにょ!? まるでグレートソードで側頭部を強打されたような感覚を得たでゲルゲ!」
 語尾はコロコロと変わり、思っていたほど重症のようだ。
 しかし、エアリアは気にしない。
「安心してください。恐らく全ては夢です」
「夢? あの衝撃を夢だと申しますの!?」
 今度は女言葉がでた。しかも女性らしく驚き開いた口を軽く押さえることを忘れない。
 本気でもう一度やろうか考え直し、とりあえずディルの疑問に頷き、
「はい。最近の夢は現実に限りなく近いものだという人も居ます」
「では、今私は起きていらっしゃいますのでありますか!? それとも眠っていらっしゃいますかにょ!?」
 強烈に語尾チェンジが行われているが、もうここまで来ると直らないだろう。だから諦めた。
 エアリアは頷き、
「ご安心を。今は起きておられます」
「そうか、どうやら自然の美を愛でている間に眠ってしまったようだ夢の中で素晴らしい感触と共に石膏で型獲りをすることが出来れば素晴らしき未来永劫を手に入れられると思ったのだがあれは夢だったのか実に惜しいことをした」
 文面を区切ることなく、一息で長文をべらべら喋りながら変な電波を乱舞アンド妄想ロードを全速力で突っ走ってるディルは、何かを探すように再び顔をあちこちへ向けており、こちらの腰より少し下へ目を向けると彼は小首を傾げながら、
「おや?」
 刹那の動きで彼はしゃがみ、手を伸ばしながら、
「こんなところにも素晴らしき芸術ぐがっ……!」
 そろそろグレートソードを持つのに疲れたので、目の前の男の上に叩き落すようにして渡すことにした。



 連盟のトップ一名が気絶しても、部隊の進行は気にしない。
 第一陣の先頭を歩くのはサクラ・ノースウィンドウだ。
 彼女は必要最低限の装備だけに身を包み、防御力重視ではなく、動き易さを重視している。
 そのため、所々の肌を見せ、無駄の無いそのボディラインは誰が見ても美しいと言うだろう。
 頭の後ろで纏め上げたポニーテイルを揺らしながら、彼女は先頭を進んでゆく。
 ラスタバド地下侵攻路。
 ここへ来るのは初めてではないが、いつ来ても薄気味悪い場所だと思う。
 地面、壁、天井は茶色ではなく、藍色に近い色をしており、何より空気が悪い。
 湿気を含んだ物とは違い、まるで悲しみや絶望、欲望やという負の感情を含んだ空気と言える。
 こんなところに長時間居たら、精神が弱い者は気が狂ってしまうかもしれない。
 ……早めに済ましたほうがいいかもね。
 しかし、急いだところでまだ始まったばかりだ。
 昔、調査でここを訪れた時、最下層へたどり着くのに一週間ぐらい必要としたのを覚えている。
 しかしそれはまだ道が分からず、散々迷った挙句の結果だ。今は十分に地図は分かり、迷わず進むことが出来る。
 しかし、道は狭く、しかも暗い。
 その為、ランプやライトで道を照らすよりも、エルヴンビジョンを心得ているエルフやダークエルフが先頭を歩くのに適している。
「隊長!」
 突然、先頭を歩いていたダークエルフが叫んだ。
 彼はすぐに先頭から下がるようにしながら身構え、
「敵です!」
 その言葉と同時に全員が身構えた。
 ナイトたちは前に出ると盾を付きたて如何なる攻撃に備える。
 ダークエルフはすぐ後ろで己の武器を抜き如何なる敵に備える。
 エルフたちは矢を引き絞り如何なる戦況に備える。
 ウィザードたちは杖を構え如何なる状況に備える。
 サクラは腰を落とし、刀の鍔に親指を当てる。
 まだ柄を持つことはしない。
 あたりは緊張という静けさに包まれた。
 しかし、奥の暗闇から何かが聞こえる。
 気配を断たず、ゆっくりと近づいてくる見えない敵は何なのか。
 敵は暗い闇からうっすらと現れた。しかし、敵はラスタバドの兵士ではない。
「あれは……!」
 彼らの前に現れた者、それはゾンビだ。
 腕がもげた者や片足を失っている者、肉が腐り悪臭を生み出している。
 しかし、注目すべきは彼らの服装だった。
 所々綻び、元がどんな物であったかは想像できないが、何となく分かる。
 それは、黒装束に似た服だ。
「彼らは元はラスタバドの兵士だったのね」
 アンデットモンスターが生まれるには二つの過程がある。
 一つは、何者かが死者に仮の魂を埋め込み人形にすること。
 もう一つは、そこの場所に生まれる負の感情だ。
 恨み、妬み、嫉妬、様々な感情が死者の身体に入り込み、活きる屍と化すのだ。
 それらがあるのは何も此処だけではない。魔法の町オーレンの傍にある荒野が代表的な場所だ。
「戦って死んでなお、戦おうとしているなんて悲しきことですね」
 サクラは腰を落とし、刀を構える。
「父上が使っていたと言うこの名刀、草薙の剣またの名を天の村雲の剣。試し切りとさせて頂きます!」
 叫びと同時にサクラは戦闘に躍り出る。
 いかにゾンビと言えど油断は出来ない。
 サクラは敵の懐に飛び込み、刀の切羽を指で弾いた。
 異変は抜刀と同時に起こった。
 刀の刀身には淡いマナの流れを生み、まるで唸り声を上げる竜のように吼えた。
「―――ッ!」
 聞き取ることの出来ない竜の叫びは、吼えただけでゾンビたちを吹き飛ばした。
 風はカマイタチのように唸り、風の刃がゾンビたちを切り刻む。
 ボロボロの身体が更に?げ、吹き飛ばされた身体が壁に叩きつける。
 しかし、風竜の雄叫びはそれだけに止まらず、周りの仲間たちにも向かって行く。
「!?」
 急いで刀身を鞘に収めようとしたが、それよりも早く風は仲間たちにたどり着いてしまう。
 仲間たちも吹き飛ばそうとした寸前で、風の唸りは衰え、仲間たちにはそよ風を与えた。
「……え?」
 慌てて身構えた仲間たちは、予想外の風に驚きの表情を隠せない。
 仲間たちもサクラも何が起きたのか分からない。
 それでも、分かる事は一つある。
 サクラは刀に視線を向けると、刀を取り巻いていたマナの流れは安定を見せ落ち着いている。
「…………」
 しばらく見つめていると、マナの流れが変化を見せる。
 刀から伸びるマナは形を作り、まるで蛇を主とした竜の形を作った。
 顔と思しき部分からは視線のようなものを感じ、口を開くのが見て取れた。
 咆哮。
 聞き取ることの出来ない声を発し、風の流れを生む。
 そこでサクラ理解した。
 ……この刀には意思がある。
 物が意思を持つことは可笑しなことではない。
 現に、傲慢の塔にはダンシングソードと呼ばれる剣型のモンスターが自らの意思を持ち攻撃を行っている。それは傲慢の塔にある特殊なマナの力を受けた影響でしかない。
 しかし、これは違う。
 何らかのマナの供給を受けているのではなく、自らマナを生み出し、糧としている。
 このような特殊な武器は世界にも多く存在している事は確認済みだ。
 一番有名なのは、サイハの弓だ。
 風竜リンドボウルの鱗を使ったその弓は、弦を引いただけでマナで固めた風を凝縮し矢を生み出す。矢を必要としない最強の弓だ。
 昔、邪悪な竜を倒した伝説のナイトが使っていた剣も、斬り付けただけでそこから爆炎を生み出したと言われる。だが、そのナイトは邪悪な竜の血を浴び、メインランドケイブの奥深くで呪いの死を遂げられ、それからデスナイトと呼ばれる死の戦士となった。
 他にも、ケンラウヘルに使える戦士カーツが持つ剣は、地面に突き刺せば大地を爆散させたともいう。
 何も武器だけではない。
 リングとアミュレットを組み合わせて装備することで、体力の回復を高めるものから、ベルトにして付けただけでベルトの名を持つ者の力を借りることもできる。
 どういう理屈なのかは分からない。
 ただ分かることは、これらの物は持ち主を求めている。
「ワタシの意思に従ってくれるの?」
 風の竜は頷きはしないものの、小さく吼える。
 もし、彼らに選ばれぬ者が持った場合、彼らは暴走し、持ち主はおろか周りの人々をも傷つける。
 しかし、先ほどの風竜は、敵を吹き飛ばしはしたが、サクラの仲間を傷つけなかった。
 つまりこの刀はサクラを主を認めたのだ。
「そうか、ワタシに協力してくれるのか」
 風竜は喜ぶように目を細め、サクラの身体を巻いて行く。
 サクラは感じた。
 己の身体が風のように軽くなることを。
 まるで、移動魔法ヘイストを受けているようだ。
 恐らく、これらの能力など、この刀の基本能力の一部に過ぎない。
 使いこなす事が出来れば、どれほどの力が出るのだろうか。
 サクラは刀を握り直し、まだ立ち上がってくるゾンビたちに向かって行った。



 結果から言えば、一階の制圧にはそれほど時間は掛からなかった。
 一階にいる敵と言えば、ダイアーバットやモール、ゾンビなどあまり手の掛からないモンスターたちだからだ。しかも、サクラの部隊が予想以上の働きを見せ、本来予想していた時間の半分ぐらいで一階の制圧を完了させたのだ。
 因みに、ここ地下侵攻路の各階層の奥には、適度と言える空間が広がっているため、そこを拠点にするのには適している。
 サクラの報告により、地上に居たものたちはその広場に向かって足を勧めた。
 たったそれだけの事であるが、五百名以上も居ると、移動だけで時間をかなり消費してしまう。
 今の時刻は午後の五時を示している。
 まだ休むには早い時間であり、このまま進もうという意見もあったのだが、結論はここで夜を明かす事となった。
 夜と言っても、洞窟内部では昼も夜は無い。
 しかし、総指揮官を持つディルの意見は、
「動き過ぎると逆にみなの体力を消耗することになる。休んでおくことも大切だ」
 とのことだ。
 しかし、そんな事を忠実に守るものは少ない。
 ほとんどの者は、木刀など用いて訓練や、隊長たちは各々集まって陣の編成確認や思考に話し合っている。
 少ないうちの休んでいるもの達でさえ、マリア・パプリオンの姿を一目見ようと集団を作り、即席の握手会まで行われている始末であった。隣でバイオレット・ヴァラカスも並んだが、そこには誰一人として集まらないためメテオストライクが降り注いだのは余談になる。



 時刻は夜の七時を示している。
 しかし、外は夜になったと言っても、洞窟の中では夜の闇など関係無しの闇で覆われている。
 そんな闇を追い払うかのように、地下侵攻路一階の広場では、活気に満ちている。
 理由は簡単だ。
 列毎にセットされているのは、皆の今晩の飯。
 石で組まれた物の上には鉄板と金網が交互に置かれ、さらにその上には肉や野菜が所狭しと置かれている。
 そう、バーベキューだ。
 大勢の人々が野外で食事をするといったらこれが定番だと誰かが言っていた。
 誰かとは知らないが、体力を食べることで補うには肉料理が一番だ。
 なにより、うまい。
 皆はタレを乗せた皿を持ち、準備に余念が無く、今か今かと合図を待っている。
 サクラは木箱の上に立つと咳払いで喉の調子を確かめ、
「え~、本当はディルが音頭を取った方がいいと思うのですが、型取りで忙しいとか変な電波を放っているんで代わりに音頭を取らせていただきます」
 見れば、皆は静かにこちらの耳に傾けている。
 しかし、それは開始の合図を聞き逃さないようにしているだけの事である。
 さらに見れば、シグザは焼ける肉に顔を近づけ匂いを嗅いでおり、その後ろからはフィールがシグザの顔を熱い鉄板に押し付けようと手を伸ばしており、さらにその後ろからはカナリアが慌てており、
「だ、ダメだよ。サクラさんに殺されるよ」
 っと言っている。
 ……殺しはしない、半殺しまでだ。
 心の中で訂正をしながら、再度息を吸い、
「とやかく言うつもりは無い。……食え!」
 その一言で戦闘は開始された。
 肉の奪い合いが始まり、飯を頬張っていく。
 サクラも皆の様子を見ながら自分の席へと向かう。
 そこは、ディルの席は相変わらず空席になっているが、気にしない。
 シグザの隣が空席になっており、そこが自分の席だと確認するとに腰を下ろす。
 さて、やっと食にありつける、と思った矢先、目の前は修羅場と化していた。
 男共は敵対心をむき出しにして肉を狙っている。
 食べ頃だと思われる肉には、鉄板を貫かんばかりの勢いで箸が突き立てられる。
 それを阻止しようと、箸対箸の戦いを繰り広げている。
 だが、鉄板の上に置かれた肉は焼けている有無を言わずに次々と消えて行く。
 サクラの隣に座る男シグザが消費しているのだ。
 彼は焼けていまいが焦げていようが、肉限定で次々に鉄板から強奪し、口に入れてゆく。
 ……このままではこちらが食べる分が無くなる。
 だからサクラは肘で隣の男を突っつきながら注意した。
「シグザ、ちゃんと焼いてから食べなさい。それと野菜も食べなさい」
 箸で野菜を突っつきながら言うと、隣から返事の変わりに呻き声が聞こえた。
 見れば、肉を食いまくっていたシグザが腹の少し上を押さえて呻いていた。
「あら、鳩尾に入ったの? ごめん」
 適当に誤りながら、焼けた野菜を自分の皿に、少し焦げた物はシグザの皿へ入れてゆく。
 見れば、みなが冷たい視線を送ってくるが、サクラは気にしない。
「ほら、皆も食べなさい。特にカナリア、あなたもっと食べて体力付けないときついわよ」
 肉を鉄板の上に放り込みながら言うが、みなの冷たい視線はあまり変わりがない。
 いや、ただ一人、相変わらずマイペースのエルだけが楽しそうに飯を食べている。
 口を大きく開け、頬を限界まで膨らませるほどに御飯を頬張ると、何かを思い出したような表情を出した。
「ひょうふえば――」
 口いっぱいに御飯を詰め込んでいるため、何を言っているのか分からない。
「エル。口に物を入れたまま喋るのはよしなさい。――そう、ゆっくりと噛んで、飲み込んで。それで? 何を言いたいの?」
 サクラの言われるとおり口の中の物を飲み込み、
「そういえばですね」
 エルの箸は再び御飯を拾おうとしたのでサクラはそれを止めた。
 不貞腐れたような表情を出すが皆はそろって無視した。
「この下の階の先陣はシグザさんの部隊と私の部隊と三の倍数の部隊がやるんでしたっけ?」
「そうよ。その下の階はまだ働いていない部隊が行く事になっているわ」
 エルが話を聞きながら再び御飯を口いっぱいに頬張っていると、
「先ほど偵察部隊から報告がありましたよ」
 エルの隣に座るカイムが言葉を放つ。
「下の階層は、この階層とは違いラスタバドの兵士が多少残っているらしいです」
 続く言葉は、更に隣に座っているカオスが言う。
「モールの攻撃で軽い怪我をした者が少し居たが、これより先は少しきつくなるでしょうね」
 せせら笑いながら言うカオスに答えるのはフィールだ。
「それはまだ予想範囲内だ。ただ、バランカがこのまま侵攻を許すとは思えない」
「……どういう意味です?」
「言葉どおりだカオス。――いや、訂正しよう」
 フィールは持っていた皿をテーブルに置きながら少し考え、
「バランカは恐らく何もしてこないだろう。あいつは戦いを楽しむタイプだ。だから事前に敵の数を減らすなどの行為はやってこないだろう。むしろ自分が追い込まれれば追い込まれるほどの状況を作る」
「そんなタイプを敵に回すと結構厄介よね。どんなに敵が多くても必ず勝てるという自信かしら」
 そういう相手には、下手に兵士を突っ込ませてはほとんど無駄と言っていいだろう。
 ……やはりこちらの主力部隊で一気に攻め込む方が得策かしら。
 対バランカ用の作戦を考えていると、
「問題はライアの方だ」
 ディアド要塞のもう一つの主力と言うべき戦力の名が挙げられた。
「あいつはバランカとタイプが真逆と言っていいだろう」
 真逆という言葉で皆が少々考えた。
 答えは嫌な方向に進んでしまうが、口に出せない。
 答えはこれしかないと思うのだが、やはり口に出すのを躊躇ってしまう。
 そんな皆の思考を代弁するかのように、シグザが口に出した。
「そうなると、いじめるのが好きなタイプか」
 フィールは黙って頷いた。
「……つまり、MとSのペアを相手にするのか?」
「その言い方には語弊があるかもしれないが、だいたいそんな物だ」
「……なんか、ものすごい戦いのレベルが下がった気がするのは俺の気のせいか?」
 皆は気にしまいと、食事を再開することに徹した。



 食事が終わり、夜の時間が訪れる。
 見張りに複数の小隊が見張りで起きている以外、テントに入り眠っている者も多い。
 フィールも寝ようと目を閉じるが、眠れない。
 身体を起こし辺りを見回すと、このテントにはフィールのほかに、シグザ、カオス、カイム、シンが眠っている。
 さすがに一つのテントで五人も入ればかなり狭い。
 しかし、それだけに怠らず、シグザのいびきがやたらとうるさい。
 ……どうして皆は眠れるんだ?
 己の耳が長いためシグザのいびきが鮮明に聞こえるのが悪いのか。しかしそれはカイムとて同じ条件だ。
「くそっ」
 言葉を吐き捨てると、最低限の装備と毛布を持ってテントから出ることにした。
 当然洞窟の内部のため、上を見上げれば星空がある訳ではないため、気持ち肩を落とした。
 足元を淡く照らすランタンを頼りに、あてもなく進んでゆく。
 遠くのほうで見張りをしている人が見えるが、良く見るとうたた寝をしているようだ。
「敵陣の近くだと言うのに陽気な物だな」
 本来なら起こしに行くべき所であるのだが、フィールは気にしない。
 少し静かな闇の中を進んでゆくと、たき火の残り火を見かけると自然と足はたき火へと向かっていた。
 消えかかっている火へ薪を何個か放り込めば、火は息を吹き返したように再び燃え上がる。
 燃え上がった事を確認すると、近くに二人は座れるであろう大き目の岩があったので、そこに腰を下ろす。
 足に毛布を掛け、視線は炎を捉えていた。
 風がないため炎は真上に立ち上るように燃え、周りの空気を暖めながらゆらゆらと揺れている。
 しばらく何をすることもなく炎を眺めていた。
 炎はゆっくりと薪を燃やし、灰に変えてゆく。
 その進行が半分ぐらいに達した時、背後に人が近づいてるのに気付いた。
 ゆっくりと振り返るとそこに銀髪の女性が見える。
 他の部分は暗くてよく分からないが、誰だか一目見ただけで分かる。
「どうした。眠れないのか?」
 たき火の明りに照らされ、姿を現したのはカナリアだ。
 白いローブを着ており、
「う、うん。なんかね……。フィールも?」
「まぁそんなところだ」
「そっか……」
 どこかへ行こうとするのか、一旦足の向きを変えるが、思い返したように足の向きをこちらに向けると、
「あのさ、隣いいかな?」
「あ、……ああ」
 仕様なのかどうなのか、今座っている岩は二人分は楽に座れるほど大きめだ。
 フィールは少し右に座りなおし、場所を空けた。
「ありがと」
 礼を言いながら隣に座るカナリアだが、少し離れているのが分かった。
 横目でカナリアを見ると、少し寒いのか身を縮めている。
 心の奥で舌打ちをしながら、玩んでいた薪を火の中に投げ込みながら、足に掛けていた毛布を広げる。
「もう少しこっち来いよ。寒いだろ」
 毛布の左側を持ち上げながら言うと、少し迷ったのか、恥ずかしそうにほんの少しだけ近づいた。
 二人並んで座ると、何となく気まずい。
 フィールは話題が無いかと思考を巡らすが、思い当たらない。
 何か無いかと更に思考の奥へ進もうとすると、
「ねぇ昔みたいにお話聞かせて」
 カナリアから突然の申し出が出た。
「ラスタバドに居た頃、外の世界のこと話してくれたじゃない。その時みたいにさ」
 ラスタバドにいた頃、フィールは何度か外の世界へ行ったことがあった。
 遊びに出掛けていた訳ではなく、世界の現状を知るための任務であった。
 そして、ラスタバドへ帰るとカナリアが、外の世界はどうだったの、と訊いてきたのだ。
「そうだなぁ……」
 他に話題と呼べるものが見つからなかったので、その事について思考を走らせることにした。



 カナリアはフィールの言葉を待っていた。
 カナリアも外の世界を多少は知ることは出来たが、フィールほど知ったというわけではない。
 カナリアよりも多くの世界を見て、何かを感じたはずだ。
「俺も、世界に出たら驚きの連続だった」
 出だしはそんな感じだった。
「大都市アデンへ始めていった時は驚いたな。大きな家から小さい家まで多くの人たちが住み、アデン城の大きさや教会の綺麗な作りには本気で驚いた。商業都市ギランでもカナリアのように驚いたよ。あんなに人込みをみたのは初めてだったからな」
「やっぱりフィールも驚いたんだ」
「驚きはしたが、お前のようにはしゃいで迷子になったことはない」
 不貞腐れたように頬を膨らませてみるが、フィールは笑い飛ばした。
「それから水に溢れた都ハイネ、北に位置し雪に覆われた魔法の町オーレン。行ったのは何も町だけじゃない。ハイネケイブの奥にある海底や、ウェルダンの北にある火山、古代のモンスターが住むと言われる忘れられた島。他にも数多くのところを回ったな」
 知らない町の名前や、場所を言われてもピンと来ないが、行ってみたなという気持ちになる。
 しかし、一つ気になることがある。
「ねぇフィール」
「ん? 何だ?」
「昔から気になってたんだけど……」
 本当に昔らか何となく気付いていた。
 任務で外の世界のことについて話すフィールの横顔。
 そして、今話しているフィールの横顔。
 楽しさや面白さの他に、あってはならない表情が1つそこにある。
「何で少し寂しそうに話すの?」
 まるで心を射抜かれたようにフィールの表情が固まった。
 それは驚きでもあり、何かを知ったような表情だ。
「ご、ごめん。話して貰ってるのにこんな事言うもんじゃないよね」
「……いや、確かにそうかもしれないな」
 フィールの視線がたき火からゆっくりと上へ向いてゆく。
「言われるまで気付かなかった。……実際に寂しかったかもしれない」
「……何で、って訊いていい?」
 天井を仰いでいたフィールは再びたき火まで下ろすと頷き、
「確かに俺は、いろいろな所へ行き、様々な事知り、考えたりもした」
 でも、と付けたし、
「何か物足りないと思ってたんだよ」
「何が足りなかったの?」
「それは……」
 と、そこまで言うとフィールは反射的な動きで立ち上がり振り替えった。
 その時だ。突然背後から物音が聞こえ、人声も聞こえた。
「こ、こら。押すなって!」
 驚かされたように振り替えれば、少し後ろにある大きな岩の陰から何人もの人と眼が合った。
 岩の左から押し出されるように人が雪崩れ出た。
「うわぁぁ!」
 どうやら岩の陰に何十人という人が息を潜めてこちらを覗いていたようだ。
 しかし、岩の大きさ的に隠れられるのはせいぜい八人程度だ。
 定員オーバーになった岩陰からは当然押されはみ出る者も少なくない。
 一番近くで地面に倒れている男はシグザだ。
「ははは、よぅお二人さん奇遇だね」
 彼は苦笑いの表情を顔一杯に表現していたが、その顔は次第にこわばり、 
「うわ! フィールが剣を抜いた! 逃げろ!」
 隣から金属が擦れる音と同時にシグザが叫ぶと全員慌てて地方へ散らばって逃げ出した。
 この場に再び静けさが戻るのに十秒と掛からない手際の良さに少々唖然としてしまう。
「ったく、あいつらは覗きが趣味なのか?」
 抜いた剣を戻すと、再び岩に腰を下ろした。
 ムードがぶち壊しになったな、と内心覗いていた人々を恨み、それでも気になることは気になるものだ。
「ねぇ何が足りなかったの?」
 話題も無理やり戻すと、フィールは少々ため息混じりに悩んだが、
「隠しても仕方ないか」
 フィールの瞳がこちらを写す。
 恥ずかしいのか少し顔を火照らせているが、その瞳は真っ直ぐとこちらに向けられている。
「足りなかったのは、カナリア。お前だよ」
「え?」
「楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、苦しいこと、どんな時でも一人だと寂しかった。何でだろう、と考えたが、考えるまでもない。答えは出てたんだ」
 フィールは一息入れ、
「今まで見た景色や気持ちをカナリアにも見て欲しい。そう思っていたんだ」
 面と向かってそんな事を言われたらさすがに恥ずかしい。
 しかし、今は恥ずかしさよりも勝る感情が心を熱くする。
 この気持ちをどうすればいいのか分からず、膝を抱え込んでみるがこの気持ちは抑えきることが出来ない。
 では、どうすればいいのか。
 答えは簡単だ。
 言葉として出してしまえば良い。
 押さえ込む必要は無いのだから。
「なんか嬉しい」
 顔は自然と笑みを作り、心の底から嬉しさがあふれ出そうだ。
「それにほっとした。フィールも同じなんだって分かったから」
 不思議そうに首を傾げるフィールに、カナリアは頷きで答え、
「実を言うとね、私もフィールから話を聞いてて詰まんないと思ったことは無いけれど、いつもこう想ってた」
 その思いは何十年も心の奥深くに封じていた事。
 その想いを口にしたところで決して叶わない願いでもあった。
 それでも想いたかった。願いたかった。望んでいたことだ。
「私も、一緒だったらどんな風に思ったんだろう、一緒だったらどんなに嬉しいことだろう、てね」
「そうか」
 何かを想うようなその一言を口にしながら、フィールは立ち上がった。
 こちらの正面に立ち、右手を差し出しながら、
「全部終わったら一緒に旅に出ないか?」
 え、とカナリアの思考が止まる。
 言っている意味は分かる。
 しかし、思わず固まってしまう。
「目的地なんて何処でもいい。行きたいところへ行き、見たいものを見て、感じるままに感じる。そんな旅を一緒にしないか?」
 一度見て回った世界を、カナリアの共に行き、もう一度感じたいのだろうか。
 それは、カナリアと共に居たいと言う気持ちの現れだ。
 返事はもちろん合意だ。
 しかし、嬉しさのあまり言葉が出てこない。
 うん、とたった一言口にすれば良いだけなのに、言えない。
 何も言わないカナリアに不安を持ったのか、フィールは不安そうな表情を浮かべ、
「……嫌、なのか?」
 カナリアは首を横に振る。
「ちがう、違うの」
 フィールの一言で今までずっと持っていた不安という感情が砕けていくのを感じる。
 ずっと考えまいと想っていた不安だが、どうしても表に出てしまうのを必死に押さえ込んでいた。ずっと不安で、辛かった。
 それが今、砕けていく。
「今までずっと不安だったの。今までずっとフィールの傍にいたけど、ずっと不安だったの」
 眼から零れるものをがある。
 悲しいからではない。嬉しいから泣いているのだ。
「いつもフィールの傍に居た。それもいつも私からだったから、実は迷惑なんじゃないかって想ってて、……それで、いつも不安だったの。――でも、その事を言えばフィールが遠くへ行っちゃいそうだったから言えなくて、それでまた不安になって……」
 いくら不安が消えたからといっても、まだ心のどこかでは恐怖している。
 そんな事を知ってか知らずか、フィールは両手を広げ抱いた。
 カナリアの背中に腕を回し、優しく、それでも力強く抱いてくれる。
 そして、頭の上からフィールの優しい声が聞こえてくる。
「確かに、今想うと昔のカナリアは俺の傍を片時も離れようとはしなかったな」
 遊んでいる時も、修行している時もカナリアは傍を離れようとはしなかったのを覚えている。
 一緒にいてうるさいと言われたことは何度かあるが、迷惑を掛けまいと離れているとさらに辛かった。
「でも、ディアドで離れて分かったんだ。俺にはカナリアが必要なんだって。……いや、カナリアじゃないとダメなんだって」
 フィールに抱かれ、目の前にあるのは彼の胸だ。
 硬い胸襟に顔を当てると、彼の鼓動が聞こえてくる。
 一定のリズムを刻み、彼が生きているという証の音だ。
「だから『これが』じゃなくて『これからも』一緒にいて欲しい」
 カナリアは答えるために腕を上げ、これからも一緒にいてくれる人の背に腕を伸ばす。
 今まで、そして、これからも共にいてくれる人の名を呼ぶ。
 呼べば彼は振り向いてくれる。
「うん。こんな私で良ければ、ずっと一緒に居たい」




〓〓〓〓〓 あとがき 〓〓〓〓〓

なんか、本来のリネージュからかけ離れている気がするのは気のせいだろうかw

気にしたら負け? それもそうだね。

さて、今回のラストはかなりラブコメが入っています。
もう、こういう場面で覗き野郎がいるのは定番ですね。
定番過ぎて面白くないと言われそうですが、んなこと知るか。
定番どおりに突き進むのもまた一興だ!

ってか、ラブコメ最上級Lvで書いてて自分でやべえっと想った。
誰がこんな展開を想像しただろうか!?
俺も驚きですw
そしてこいつはやべえ、と想いながらも書きました。
俺以外の人はこれを読んでどう想うかは分かりませんが、自分では最高の部分だと想います。
うわ、もう俺ほんとやっべえええええhhhh
超ハイテンションでコメントもやべえええええhhhh

(五分後)

ハァハァ……、さぁ気を取り直して、次回は地下侵攻路2Fです。
こんなペースで行くと終わりごろは三十章ぐらいまで行きそうな雰囲気満載で怖いな~……。


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